弘誓寺の歴史
弘誓寺は、日本仏教中、道元禅師を宗祖とする、曹洞宗に属し、一般には禅宗の名で知られている。本山は、福井県にある永平寺と横浜市鶴見にある総持寺の二本山である。弘誓寺の創立は、鎌倉時代の寿永年間で、凡そ七百七十年の歴史を有している。創立時より四百年間は、真言宗であったが、三百七十年前、今の曹洞宗に改められた。又、時の創立者は、日本歴史上、有名な斉藤実盛の実子、斉藤五郎、六郎の兄弟によって建立されたものである。

現在弘誓寺本堂に奉安されている七躰観音像は鎌倉時代の寿永年間に斉藤別当実盛の子、五郎、六郎兄弟の出漁中、漁網の中に発見されたもので当初この七躰観音を安置した堂庵が今日の弘誓寺の創立となったものである星霜八百年、明治中期新井大火に際して本堂と共に観音堂も焼失し尊像も亦破損したが其の後、復現今又奇特の人の發願により観音尊霊奉安の大塔の建立を見ることは僥倖の因縁無上の喜びとするものである。

本堂奉安七躰観音像

十三重の塔

弘誓寺沿革とその概要