現在弘誓寺本堂に奉安されている七躰観音像は鎌倉時代の寿永年間に斉藤別当実盛の子、五郎、六郎兄弟の出漁中、漁網の中に発見されたもので当初この七躰観音を安置した堂庵が今日の弘誓寺の創立となったものである星霜八百年、明治中期新井大火に際して本堂と共に観音堂も焼失し尊像も亦破損したが其の後、復現今又奇特の人の發願により観音尊霊奉安の大塔の建立を見ることは僥倖の因縁無上の喜びとするものである。
本堂奉安七躰観音像
十三重の塔
弘誓寺沿革とその概要